祠のはなし

 随分前、父が亡くなる前に話してくれた話しです。私の家の横に祠があったでしょう。その祠にまつわる話しです。

 まだ私が生まれる前、まだ今よりもっと世の中が乱れていた時代、都で政が滞る様になり農民の一揆や山賊が村々を襲っては人を殺め物を強奪している頃の話です。村の者は何時自分がそのような目に合うか分からないのでいつもビクビクして暮らしていました。
 そんなある日の夕方、陽が暮れかかる頃にひとりの丈夫が一晩の宿を求めてこの家にやって来ました。既に両親を亡くして独りで暮らしていた父は丈夫を喜んで迎え入れ出来る限り持て成しました。持て成しといっても貧乏な農家でしたので、野菜や穀物の入ったお粥を腹いっぱいに食べてもらう事しか出来なかったのです。その丈夫は家に来る前にも数軒の家を訪ねましたが、その大きな風貌を見て誰もが怖がり家に入れてくれなかったのだと父に打ち明けたそうです。父は色々な話しをしていて、丈夫が不正な役人をとうとう辛抱ならなくなって斬った為に故郷に戻れなくなった事を知りました。その故郷というのは貴方と同じ解県でした。父はこれから何処に行くのか?と尋ねました。行くあてがないなら、一緒に畑を耕してもよいと。
丈夫は言いました。私は追われている身の上だから、役人がやって来た時、君に危害が及ぶだろう。だからここでは暮らせない。私は夢がある。この乱れた世の中を変えたい。私の力を役立てる事が出来る人の許へ行きたいのだ。
 家を立つ時に、父は大切にしていた米で握った飯を渡しました。丈夫は涙を浮かべて深く頭を下げ、去ったそうです。
 たった一夜の事でしたが、父は澄み切った瞳で熱く語ってくれた丈夫の事を忘れる事はありませんでした。自分の分まで夢を追って叶えて欲しい、そして丈夫ならばこの乱世を変えてくれると思いました。
 父は丈夫が自分の事など覚えていないだろうと思っていましたが、数年ほどが経ったある暑い日にお礼を言いたいから、と丈夫はこの家へ立ち寄ってくれたそうです。困っていた時に快く迎えてくれた事がよほど嬉しかったのでしょう。その時父は母を嫁にもらって、私が生まれたばかりの時でした。

 その後、丈夫の噂が村にも流れて来ました。丈夫はどんどん出世し誰もが知る英雄になりました。そして最期に荊州の地で斬首されてしまったのです。誰もが知っている赤ら顔の人がお前の名親だよ、と父は嬉しそうに笑いながら、そして悲しそうに教えてくれました。
 私は丈夫の事を何も覚えてはいませんが、赤ら顔の丈夫が誰なのかはよく分かります。それは誰もが知っている人だったからです。
 父は家の横に小さな祠を建て、立ち寄った際に貰った物を安置して手を合わせる様になりました。それは丈夫が義勇の兵として戦の合間に刻んだという小さな小さな仏像でした。その時自分が出来る精一杯の気持ちを伝えに来てくれた事が父にはよく分かったし、何よりも嬉しく思えたので大切にしてきたのです。人を斬る事を望んでいたのではなかったのだと父は言いました。最後まで決して望んではいなかったのだと。だから、どうしても祠を作らずにはおられなかったのだと思います。

 私はこの話しを今度生まれて来る子どもに話すつもりです。その子が大きくなり子どもが出来た時も。

 この事は今私が話した貴方と家族の他に知る人はいません。何故って、これは父の唯一の友の話しだからです。今となっては、もう誰も信じないでしょう。だから、私は大切に守り続けて行くのです。

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